初夏のみずみずしい緑に彩りを添えるように、紫の花々が見頃をむかえています。
いち早くひらいたのは、やわらかく風に揺れてこぼれ落ちそうな藤の花や、高貴さの象徴ともいわれる淡い彩りの桐の花。そして梅雨に向けて咲くのが、つややかな濃淡の紫陽花(あじさい)や、色も姿もよく似た菖蒲(あやめ)に杜若(かきつばた)です。
「いずれ菖蒲か杜若」ということわざは「どちらも素晴らしくて選ぶのに迷う」という意味で、古くから美人のたとえにも使われてきました。
真っすぐ伸びた茎の先に3枚の花びらがふんわりと開き、凛とした空気をまとって水辺に佇むふたつの花。菖蒲の花びらには黄色い網目のような模様が、杜若の花びらには白い剣の形のような模様があり、見分けることができます。
日本の伝統色の「菖蒲色」と「杜若色」は、どちらもわずかに赤みがかった紫色。古い文献には、菖蒲色の方が「冴えた色」で、杜若色の方が「深く妖艶な色」とあります。
ちなみに、「菖蒲色」の英語名はアヤメ科の花を総称する「Iris(アイリス)」で、「杜若色」の英語名は「Amethyst(アメジスト)」。ガラスのように透明な光沢を持つうつくしい石の名が、そのまま色の名前にもなっているのです。
「紫水晶」としても知られるアメジストは、普遍的な鉱物「石英(クォーツ)」の一種です。なんと新石器時代から装飾に使われていたという、長い歴史があります。
深い紫色は、無色透明である水晶の結晶構造にわずかな鉄分が入り込み、紫外線が作用して生まれたもの。神秘的で気品に満ちた輝きが世界中の王侯貴族を虜にし、中世の宗教儀式などにも使われてきました。
もとより、ヨーロッパでは「帝王紫」とも呼ばれていたほど、各地で紫色は「高貴な」色でした。ギリシャ神話の神々は白か紫の衣服を着ていたと伝わり、古代ローマ皇帝の衣装も紫色だったといいます。日本でも、聖徳太子の定めた「冠位十二階」の最高位の人は、紫色の冠で位階を示しました。化学染料が発明されるまで、ヨーロッパでは巻貝の内臓の液で、中国や日本では「紫草(むらさきぐさ)」という植物の根を使って色を染めていましたが、どちらも希少でした。そのため権力者のもとに集まり、色自体が尊ばれるようになったと考えられています。
日本の女性たちにとってもまた、紫色は特別な色でした。
平安文学の傑作といわれる『源氏物語』には、主人公の「光源氏」が周囲の魅力的な女性たちに紫色の衣装を送ったり、「紫」の名前を与えたりする場面が描かれていて、古くはこの物語を「紫の物語」「紫のゆかり」とも呼びました。作者は自分自身にも「紫」式部というペンネームを用いていますが、この気高い彩りは、それほど女性たちのあこがれだったのでしょう。
知的で、エッジが立っていて、どこかミステリアス。
紫色だけが引き出せる特別な表情があることを、人々ははるか昔から知っていたのです。
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アメジストのほかにも、紫色の天然石には多くのバリエーションがあります。
「世界でもっともカラフルな石」ともいわれるフローライトは、一粒の結晶の中に違った色が存在し、カットによって大胆な縞模様が楽しめます。チャロアイトは、鮮やかな紫色の濃淡が織りなすマーブル状の模様が印象的。たった今、画家のパレットの上で生み出されたような、独創的な雰囲気をもつ石です。
凛とした初夏の色を、そっと指先にまとってみてはいかがでしょうか。
◎この記事でご紹介した「アメジスト」、「フローライト」、「チャロアイト」を5月4日(水)からの新宿伊勢丹1階で開催されるPOPUP EVENT でご購入、オーダーいただけます。そして5月6日(金)から京都店にて「京の色だより MORE VARIATION」 を開催。
商品のお問い合わせはFruitsjolie JAZZ(Fruitsjolie京都店)Instagramアカウントへメッセージを頂くか、info@fruitsjolie.comまでお問合せください。
《京都で出会う、杜若色》
大田神社
京都市北区上賀茂本山
世界遺産・上賀茂神社のほど近くにある末社で、祭神は芸能の祖神である天鈿女命(アメノウズメノミコト)。参道脇の沢には、例年5月から6月にかけて2万5000株の杜若が開き、観光客でにぎわう。平安時代の歌人・藤原俊成(しゅんぜい)は「神山や 太田の沢のかきつばた ふかきたのみは 色にみゆらむ」と詠んでおり、当時から杜若の名所であったことがわかる。杜若の日本三大群生地のひとつに数えられ、昭和14年に「大田ノ沢のかきつばた群落」として国の天然記念物にも指定されている。
Text:Sachie Otani
Photo:PIXTA